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加賀美次郎遠光公

甲斐源氏の祖は清和天皇6代目の子孫、新羅(しんら)三郎源(さぶろうみなもとの)義光(よしみつ)とされています。加賀美次郎遠光公は義光公の曽孫にあたります。遠光公は源頼朝を援助して鎌倉幕府の創立に貢献し、信濃守に任ぜられました。その子孫は繁栄し、明治維新にいたるまで、小笠原、南部など数家が大名として存続しています。
遠光は敬神崇祖の念が厚く、当山の中興を始めとして、身延町の大聖寺(だいしょうじ)を復興し、甲府の遠光寺(おんこうじ)を創立しました。また、南アルプス市鏡中条の長遠寺(じょうおんじ)は文治年間(1185~1189)に遠光の祈願所として同市の戸田に建立され、後に同地に移されました。
神社では同市寺部の神部(かんべ)神社は、治承4年(1180)、遠光が石清水八幡宮を勧請して相殿に祀ったといわれています。同市藤田の八幡宮を治承3年に再興し、加賀美の王子明神、同市田島の天神宮も遠光の勧請と伝えられています。また、山梨市石森の山梨岡の神殿は遠光の造営といわれ、同市上宮地の八幡宮には太刀と神鏡を奉納したと伝えられています。

加賀美遠光公像(当山所蔵)

当山所蔵の『加賀美系図』によると、遠光公は寛喜(かんぎ)2年(1230)4月19日に88歳で逝去されたと記されています。遠光の墓と伝えられる五輪塔がある甲府市の遠光寺(おんこうじ)の寺記によると、埋葬地は甲府の南の小曲(おまがり)の地とされています。また、同市甲西町秋山の光昌寺にも遠光の長男・秋山光(みつ)朝(とも)の墓とともに、遠光の墓といわれる五輪塔があります。

加賀美遠光公廟所

廟は加賀美地区の南側に、当山と正対して北向きに建てられています。遠光大明神とも呼ばれ古くから地域の尊崇を集めていますが、毎年8月16日には地区を挙げて盛大な遠光公祭典が行われ、その折に廟の上に高く富士山型に提灯を灯し、甲州遠光太鼓が奉納されます。

甲斐源氏系図

新羅三郎義光の系統を甲斐源氏といいます。伝承された系図によって多少異なっています。また、鎌倉時代には居住した地名を名乗るのが通例でした。

遠光の子女6名は加賀美の館(現法善護国寺)で生まれました。
*1:秋山光朝 遠光の長男。京都で平清盛の子の知盛に仕えており、源氏挙兵の折にすぐに帰国しなかったことや平重盛の娘を妻にしていたことなどが理由と思われますが、源頼朝に疎まれ文治5年(1185)鎌倉軍の攻撃によって自領秋山の雨鳴城において滅亡しました。しかしその子孫は後世に名を残しています。
*2:小笠原長清 次男。兄の光朝と共に知盛に仕えていましたが、源氏挙兵のことを聞くや、母の病気を見舞うためと偽り加賀美の館に帰郷しました。富士川に向かった叔父の武田信義や安田義定の軍に加わらず、直ちに黄瀬川に集結していた頼朝軍にはせ参じています。このようなことから頼朝の信頼をえて、子孫は大いに栄え、小倉・唐津・勝山その他の大名家を残しています。
また有職故実等の古典にも詳しく、父遠光の教えを受け継ぎ、その後の武家の礼法を定めた小笠原礼法を後世に伝えました。
*3:南部光行 三男。奥州の藤原泰衡討伐の折りには父遠光に従って参戦し、その功績によって奥州糠部(青森県八戸市付近)の5郡を与えられました。これが盛岡に拠点をおいた南部氏です。今でも八戸市では「加賀美流騎馬打鞠」という伝統行事が毎年行われています。
*4:加賀美光経 四男。兄達は他国へ雄飛しましたが、光経は加賀美家を継ぎ、この地の土豪として子孫は繁栄し歴史に名を残しています。
*5:於曽経行 五男。遠光の遺領於曽郷(甲州市塩山)を継ぎました。今も遺る「於曽屋敷」は鎌倉時代の武家屋敷「環濠住宅」の典型として山梨県の史跡に指定されています。
*6:大弐局 娘。男性中心の歴史の中で、『吾妻鏡』には彼女の名は数カ所に誌されています。それによれば、文治4年(1188)頼朝の要請によって、その長男頼家の教育係として召され、4年後に次男の実朝が生まれると、その養育係を命ぜられました。以後、建保6年(1268)実朝が28歳の若さで甥の公暁に殺害されるまで傍に侍っていました。万葉調の歌人として『金槐集』を遺している実朝の教養は彼女の訓育によるものでしょう。
建保元年(1213)和田義盛の乱の折の功績により陸奥の由利郡(秋田市本庄市付近)を拝領しました。女性の身で領地を拝領したのは異例のことです。また、近年、金沢文庫によって発見され話題になった運慶の作「大威徳明王」は大弐局の依頼によるものであることが、その胎内文書で明らかになっています。

加賀美遠光分脈姓氏

遠光を先祖とする姓氏は150以上も数えられ、「積善(せきぜん)の家に余慶(よけい)あり」という言葉どおり全国的に栄えています。
詳しく調査すればまだこの他にも遠光系の名字があると思われます。また、同じ名字であっても別の系統のものもあります。

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